魂の骨格 3/21「S.H.Figuarts 木之本桜」発売に寄せて アニメ特撮研究家・明治大学大学院客員教授 氷川竜介

特別寄稿3/21「S.H.Figuarts 木之本桜」発売に寄せてアニメ評論家・明治大学大学院客員教授 氷川竜介

いま、『カードキャプターさくら』フィギュアを世に問う意義とは?

 西暦2015年に『カードキャプターさくら』(以下『CCさくら』と略)がフィギュア化される。これは実にタイミングがいいし、意義も非常に大きいことだなと感じました。 まず強調しておきたいのは、アニメ放送当時にリアルタイムで少女たちの心を大きく動かし、何か大事なものを刻んでいたタイトルだということです。

 ちょうど2014年度後期、私は兼任講師として聖徳大学(女子大)の児童教育学科向けに「マンガ・アニメ論」という授業をもちました。そして「魔法少女」の回に対し、ある生徒からリクエストを受けたんです。「『魔法使いサリー』から始めないで、『カードキャプターさくら』の話でお願いします。これは特別な作品です」と、つよく迫られた。授業目的は歴史と文化を伝えることなので、『CCさくら』中心にはできなかったのですが、すごく印象に残りました。

 彼女たちが20歳前後とすると、逆算して未就学か小学校低学年くらいに、出逢っているはず。そうすると、さくらちゃん、知世ちゃんがホントにいるように思って感情移入していたのかな……なんて想像もしてみました。
それからほどなく今回のフィギュア化の話を聞いたのですが、だとすると、ちょうど20代前半の女子にすごく訴求するのではないかと思ったのです。社会に出ようとする寸前、あるいは直後のストレスをホッと解放させるような、何かを感じさせるような商品になるのなら、「美少女アニメのフィギュア化」という以上の大きい意味があるかもしれないと、そんなことまで考えました。

原作マンガ作品から、アニメ放映、ファンの心に刻まれるまで

 ここで基礎データ的なことを確認しておきましょう。CLAMP先生の原作マンガは、1996年6月から2000年8月号まで月刊「なかよし」(講談社)に連載。アニメ版はNHK BS2にて放送。1998年4月7日から同年12月29日まで、まず35話分の第1期がオンエアされ、年始から3月末までは休止期間です。1999年4月6日から第2期がスタート。劇中では、さくらたちが新学期を迎えて小学5年生に上がり、そして1999年6月22日まで11話分がオンエアされます。1999年4月6日からは、NHK教育テレビ(現:Eテレ)でも第1期の再放送がスタート、地上波ゆえさらに大きな視聴者数を獲得していきます。この35+11=46話分が現在では「クロウカード編」と呼ばれ、ストーリーはカード収集のクライマックスと最後の審判という、いったんの完結を迎えます。

 その直後、夏休みの8月21日には最初の映画『劇場版カードキャプター』が公開。これはちょうど第1期と第2期の間、冬休みの設定でした。 そして人気が高まった1999年9月7日から、ファンの声援に応えて「さくらカード編」がスタート。2000年3月21日までの全24話で、完結を迎えます。そしてファイナルとして2000年7月15日の夏休み期間に劇場版2作目『封印されたカード』が公開され、原作マンガの連載終了とも連携し、惜しまれつつ幕を引きました。

 大事なポイントは、オンエア時の季節と劇中の季節、さらにはマンガ連載最後の方の現実の時間がシンクロしていること。「さくらちゃんたちと自分がいっしょに生活し、ともに育ったような感じ」が生まれたのは、そのためかもしれません。成長があるということは、いつかは終わりを迎える。完結はさぞ残念だったと思いますが、ピリオドをきちんと打っただけに忘れがたい作品として心に刻まれたということではないでしょうか。

当時のアニメ制作の舞台裏からみる『CCさくら』の特色

 次に、アニメ映像について解説をしましょう。 アニメ化は、国際的にも人気のバイオレンスアクション映画『獣兵衛忍風帖』など、どちらかと言うとリアルでハードな作風で知られるマッドハウスが担当。アニメーターも共通なので、カッチリと精密な画風やアクションのコアなハイテクニックが、『CCさくら』における世界観のリアリティやカード戦の迫力にも反映していると思います。『獣兵衛』を監督した川尻善昭さんも、直前の講談社原作・NHK制作のマッドハウスアニメ『あずきちゃん』でキャラクターデザインを担当されているので実に芸風が幅広く、こうした文脈の連なりも興味深いところです。

 『CCさくら』のキャラクターデザイン・作画監督は、高橋久美子さん。近年では『機動戦士ガンダムUC』などを手がけていますが、上品で美麗でシャープな描線なのに芯にはパワフルさがあるところが大きな魅力――これは木之本桜のイメージにも重なっていると思います。CLAMPさんの絵柄は独特で、仮想空間で三次元を意識してキャラを動かすアニメ化にはいろんな処理がありますが、高橋久美子キャラの処理は今回の立体化の指針にもなっているかもしれません。そして物語を支えるシリーズ構成は原作者CLAMPの大川七瀬さんなので、原作からアニメ化への橋渡しが完璧な布陣のアニメ化でした。

 『CCさくら』と言えば、知代ちゃんが撮影のために準備したという設定による、毎回の衣装変えが特徴です。これは制作的にかなり大変だったはず。アニメキャラは記号化の固まりなので、実は服もキャラのうち。服を変えると別人に見えかねないので、どんな服を着ても桜だと分かる一貫性は、かなり高度な技術が底支えしています。色指定も一着ずつなので大変。そもそもアニメでレギュラーがずっと同じ服を着ているのは、BANKとしての流用という事情もあるし、セル仕上げ(ペイント)で外注に渡す絵の具がセットだと有利(絵の具の瓶が重いので)など細かい事情のため、目に見えない地味なところで現場は大変だったはずです。

 しかし逆にそこを丁寧にやったことで、魔法少女ものの「お約束」を更新した新鮮さも生まれ、ついにはドラマにも高揚感が生まれたのだと、今回確信しました。時に劇場版2作目、知世ちゃんが作った衣装を全部保管してある、だから無事に帰れると語って励ますシーンでは、これまでの衣装変えが単なる新規への挑戦に留まらず、それもまた気持ちの表現に結実するのだと分かります。これは長期シリーズだけが可能とする積み重ねで、号泣ものでした。

 監督は、当時新人の浅香守生さん。近年でも人気TVシリーズ『ちはやふる』で腕をふるっています。『CCさくら』では非常にフレッシュな感性で少女の揺れる感性を意欲的な映像技法で演出し、さまざまなチャレンジを行っています。たとえば精密な魔方陣は、コンピュータ上で描いた複雑な図形に2D的な回転を加えてパースをつけて出力。リスマスクというフィルムに転写して透過光撮影したもの。本物の光を撮影しているので微妙なゆらぎや空気感も出て、デジタル処理と少しだけ味わいが違います。「グルグル回転する魔方陣」は、いまでは定番の表現となっていますが、その最初期でしょう。

 実は『CCさくら』はセルとフィルムで制作されたアナログアニメの最後期にあたる作品なのです。パステルチックで品のある淡い色使いが艶やかに感じられるのは、そのためです。すべてが絵の具で表現された色はカットによって光源を計算し、ていねいな色変えを工夫しています。雨が降れば寂しい感じの色合いになりますし、エレベーターに閉じ込められるシーンでは、キャラを照らす光と闇とのコントラストが、心中の複雑性の表現になる。これを絵の具の塗り分けで実現するワザは、見事な職人芸でした。

 心の中は見えないものですが、アニメーションではこうやって映像を通じて見せます。特に動きは重要。たとえば「重力を振り切って空を飛ぶ」という映像では、気持ちの解放感を画のタイミングや方向性で伝えることができます。また、効果となる劇的アイテムを重ねても、あまり不自然に見えないこともアニメの大きなメリット。心の揺れを表現する波紋や飛び交う羽根などの映像は、後のアニメにも大きな影響をあたえていると思います。

 こうした機微のこめられた映像は、NHKが主導していたハイビジョンで制作されました。地上波デジタル向けにHD制作が増えるのは2006年くらいなので、かなり先駆的です。TVシリーズをBlu-ray用にHDリマスターしたとき、同時代の他作品より格段にきれいな状態となったのは、そのためです。浅香監督の次の作品『ギャラクシーエンジェル』からデジタル制作となり、今ではそれこそ「ロストテクノロジー」になってしまった技法――その最終フェーズにおける完成形も、『CCさくら』では多く見られるというわけです。

 フィギュア化でも印象に残る色あいを再現し、カードや魔方陣といったアイテムをうまくパッケージに応用しているので、ファンにも納得のいく点が多いのではないでしょうか。

テレビ放送の時代背景。『CCさくら』の先見性とは?

 放送されていた時代性についても、触れておきましょう。 直前の1997年には、宮崎駿監督の最後の作品と宣伝された映画『もののけ姫』が公開され、映画興行の記録を塗り変えました。続いて『新世紀エヴァンゲリオン:劇場版』がヒットし、社会現象の頂点になります。海外では押井守監督の『GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊』が前年にヒットチャート入りして、その影響で映画『マトリックス』が制作にはいります。また『ポケットモンスター』のアニメ化がスタートしてピカチュウブームが拡大し、1998年にはその劇場版が国内だけでなく海外でも大ヒットしています。
つまり、アニメの世間、あるいは世界各国からの認識や視線が、経済的にも文化・芸術的にも大きく変わる時期に、『カードキャプターさくら』はアニメ化されたのです。

 原作者のCLAMPさんは1989年デビューで、ちょうど10周年になろうとしていた時期です。読者との距離感が近い作家集団で、なおかつ表現的にも企画的にも先端に斬りこみ、メディアミックスとの親和性が高い印象があります。CLAMP原作の『魔法騎士レイアース』は、『CCさくら』と同じ講談社の「なかよし」連載で、マンガは1993年、アニメ化は1994年です。その時期は1992年からオンエアされたTVアニメ『美少女戦士セーラームーン』のヒットで美少女アニメ、魔法少女ものが刷新され、新ジャンルを形成しました。ゲームの世界はファンタジーRPG、格闘ゲームがブーム。CLAMP原作の映画『X』(りんたろう監督)も1996年8月に公開。アニメーション制作はマッドハウスで、黙示録を思わせる世界観の中、凄絶な超能力バトルが展開しました。

 こうした時代性は「世紀末的」と総括できます。末世的な状況下で「地球は!」とか「人類は!」みたいな巨視的で極限ギリギリの物語が好まれ、戦ってなにかを乗り越えるというスタイルが多かった。しかし、現実世界では1995年に阪神淡路大震災とサリン事件が起きてしまいます……。

 そんなこともあってハードなものにちょっと疲れ始めていた時期、『カードキャプターさくら』がNHKという、どんな地域でも放送される全国区で放送され、広く日本国民に届く。民放ではアニメ番組のリピート(再放送)がなくなって久しい時期でしたが、NHKは再放送が手厚く、その点も良かったと思います。こうやってみんなの心のベクトルを少しずつ変えていったことの意味、影響は、はかりしれないものがあると思います。

 「魔法少女もの」の系譜の中で、変身やバトル的な要素はあるものの、『CCさくら』では少しずつひねっていて、より日常性をつよく、リアル世界と接点をもった地続き感を大事にしています。バトルにしても相手を殲滅させるのではなく、浄化する方向性。抱きしめるような気分で癒す性質を随所に感じるのが、最大の魅力です。「萌え」というくくりの中でも、「心を解放して幸せにする要素」がつよく、それを結晶化した作品。その重要性をあらためて感じます。
アニメの評価で「面白さ」を語るとき、エキサイティングかどうか、心にグサッと斬り込むかどうかを、つい問題にしがちです。そうではなく、ふわっと包み込むように、ほっと解放するようなリラクゼーション的な幸せ感――そこにすごく大きな価値があると、『CCさくら』を見返すと気づかされます。バトルもファッションもあって華やかだけど、中心はものすごく優しい精神でできていて、それでいて核はパワフル。だから泣けるのではないかと思います。

 こうした「癒やし」「幸せ」を重視する方向性は、21世紀にはいってからTVアニメ全体で強くなった傾向です。つまり「21世紀型アニメ」の先駆け的な役割を、『カードキャプターさくら』は果たしたのではないでしょうか。

アニメクリエイターたちの時代推移と、『CCさくら』の奇跡

 最後にスタッフの流れ的なことを付記しておきます。 1997年ごろ、『エヴァ』と『もののけ姫』のヒットで、サブカルチャーや社会学など非常に広範囲でアニメが話題になりました。その結果、1998年から1999年ぐらいにかけて、「アニメで何か新しいことができそうだ」と、当時大卒ぐらいの新しい才能が多くはいってきました。

 マッドハウスの場合、『デスノート』『進撃の巨人』の荒木哲郎監督、『魍魎の筺』『ねらわれた学園』の中村亮介監督、細田守監督とスタジオ地図をつくった齋藤優一郎プロデューサーが1976年生まれで、大卒で入社したとすると『CCさくら』の時期にあたります。『LUPIN the Third峰不二子という女』の山本沙代監督も1年遅れでマッドハウスに参加していたはず。スタッフクレジットの表示人数がそれほど多くないので、詳しくは要調査ですが、この時期からキャリアをスタートされた優秀なスタッフが、現在では重要な作品のメインとなっていることは、改めて時代の推移を知る上で大事なことです。

 いろんなことを総合的に考えると、「原点としてのCCさくら」がシンボリックなフィギュアとして還ってくる意味、時期的なタイミングの良さに、何か偶然性を超えたものを感じます。 そういったある種の「奇跡」さえ感じさせてくれる『カードキャプターさくら』とは、やはり特別なワン・アンド・オンリーの作品だと言えるでしょう。

【プロフィール】

アニメ特撮研究家 氷川竜介

アニメ特撮研究家 氷川竜介
1958年、兵庫県姫路市生まれ。東京工業大学卒。
アニメ・特撮を中心とした文筆業。明治大学 大学院客員教授。




「S.H.Figuarts スタッフブログ」にて
さくらちゃん誕生日記念☆『カードキャプターさくら』新情報発表!

S.H.Figuarts 木之本桜
S.H.Figuarts
木之本桜


メーカー希望小売価格: 5,400円(税8%込)
発売日:2015年3月21日発売

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S.H.Figuarts S.H.Figuarts
「可動によるキャラクター表現の追求」をテーマに、「造形」「可動」「彩色」とあら ゆるフィギュアの技術を凝縮した手の平サイズのスタンダードフィギュアシリーズです。

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